アメリカ合衆国教育省(U.S. Department of Education)は、1979年に設立された連邦政府機関であり、全国的な教育政策の監督、連邦教育資金の配分、および全米における教育機会の平等な確保を主な使命としている[1]。教育の管理は主に州および地方自治体に委ねられているが、同省は連邦プログラムや資源を通じてこれらの努力を支援・補完する重要な役割を果たしている[2]。その主要な任務は、教育の卓越性を促進し、すべての学生がグローバル競争力に備えられるよう学業達成を推進することにある[3]。この任務には、連邦教育政策の策定、資金配分、データ収集、研究の実施、および連邦財政援助を受ける教育プログラムにおける差別の禁止を規定する公民権法の執行が含まれる[4]。同省は、連邦学生援助(FSA)を通じて学生金融援助を管理し、ピール・グラントや連邦学生ローンを提供している。また、特別支援教育法(IDEA)や初等中等教育法(ESEA)の執行を通じて、特別支援を必要とする学生や低所得家庭の学生を支援している[5]。2024年度の予算は2684億ドルに達し、教育成果の向上と全国的な教育の公平性を実現するための幅広いプログラムを支援している[6]。同省は、国家教育統計センター(NCES)を通じて教育の状況を追跡し、公民権法執行の一環として教育機関における差別の禁止を推進している。また、教育省長官が内閣の一員として、大統領に教育政策に関する助言を行っている[7]

設立の経緯と歴史的背景

アメリカ合衆国教育省(U.S. Department of Education)の設立は、連邦政府による教育への関与が拡大する中で、その行政的・政治的優先順位を明確にするための重要な転換点であった。1979年10月17日、ジミー・カーター大統領が教育省組織法(Public Law 96-88)に署名し、教育省は正式に連邦政府の内閣級機関として創設された[8]。この法律は、教育に関する連邦政府の機能を、それまで統合されていた厚生教育省(HEW)から分離し、教育を国家的優先事項として独立した機関の下で管理することを目的とした[9]。教育省は1980年5月4日に正式に業務を開始し、教育政策、資金配分、公民権の執行を一元的に担う体制が整った。

この創設の背景には、教育がHEW内では健康や福祉に比べて十分な注目を受けていなかったという批判があった。教育関連の連邦プログラムは130以上に及び、19の異なる連邦機関に分散していたため、行政の非効率や重複が指摘されていた[9]。教育省の設立により、これらの機能を一元化し、教育政策のコーディネーションを改善し、教育の質を向上させるための研究や情報の普及を強化することが目指された[11]。カーター大統領は、教育省の設立は「全米民にとって平等な教育機会を確保するという連邦政府のコミットメントを強化する」ためのものであると強調した[3]

民権運動と連邦教育政策の拡大

教育省の設立を可能にした重要な歴史的要因の一つは、1950~60年代の公民権運動であった。1954年のブラウン対教育委員会事件で最高裁判所が人種隔離を違憲としたが、これを実効あるものにするための連邦政府の関与が不可欠となった。1964年の公民権法第VI編は、連邦資金を受ける教育機関における人種、肌の色、国籍による差別を禁止し、資金停止という強力な執行手段を与えた[13]。これにより、厚生教育省は、教育の民権執行の中心的役割を担うことになった。

さらに、1965年の初等中等教育法(ESEA)は、ジョンソン大統領の「貧困との戦い」政策の一環として成立した。この法律は、低所得家庭の子供たちが通う学校に連邦資金を提供することで、教育格差の是正を目指したものであり、連邦政府が教育の資金面で直接介入する重要な先例となった[14]。ESEAと公民権法は、差別の禁止と資金提供という二本の柱で、教育への連邦政府の関与を制度化した。これらの膨大なプログラムと責任の増大は、教育を専門に扱う独立した省庁の必要性を高める要因となった[2]

設立を巡る賛否両論と政治的駆け引き

教育省の設立は、政治的にも極めて論争的な課題であった。賛成派は、教育の連邦的優先順位の向上、行政の効率化、教育の機会均等の促進を主な理由に挙げた[9]。特に、全米教育協会(NEA)などの教育関係団体は、教育を内閣級の機関に格上げすることで、教育の重要性が国家的に認められると主張して長年推進してきた[17]

一方、反対派は、連邦政府の権限拡大が州の権利や地方教育委員会の自治を侵害すると強く懸念した。合衆国憲法修正第10条により、教育は州と地方の管轄とされているため、連邦教育省の設立は違憲的であるとの批判もあった[18]。また、新たな官僚組織の創設は無駄な支出を増やすだけだとの声も強かった。当時の大統領候補であったロナルド・レーガンは、教育省の設立に強く反対し、当選すれば廃止すると公約したほどである[19]。このような反対にもかかわらず、カーター大統領の強い政治的意志と、公民権法やESEAの執行を強化するという共通の目的の下で、法案は上下両院を通過し、成立に至った。

教育省設立の意義と遺産

教育省の設立は、教育が国防、保健、司法と同等の国家的優先事項であることを象徴的に示した。これにより、教育に関する連邦政策は、より一貫性と可視性を持つようになった。教育省は、連邦学生援助(FSA)を通じた学生金融援助の管理、公民権局(OCR)による差別禁止法の執行、国家教育統計センター(NCES)による教育データの収集と分析など、教育の公平性と質の向上に不可欠な機能を一元的に担うようになった[20]

重要なのは、教育省には州や地方の教育機関のカリキュラムや運営を直接管理する権限がないことである。20米国法典第3403条は、教育省が「非連邦教育機関や学校システムのカリキュラム、指導プログラム、運営、または職員に対して、何らの方向づけ、監督、または統制を行使してはならない」と明記している[21]。この制限は、アメリカの教育が根本的に州と地方の責任であるという連邦主義の原則を尊重するものである。したがって、教育省の影響力は、連邦資金の配分という「条件付きの助成金」を通じて、間接的に政策を推進する形で発揮される[2]。このように、教育省の設立は、民権運動の成果を制度化し、連邦政府の教育への関与を組織的に強化する一方で、州と地方の教育自治を尊重するという、アメリカ特有の連邦主義のバランスの上に成り立っている。

機構と主要な責任

アメリカ合衆国教育省(U.S. Department of Education)は、1979年に設立された連邦政府機関であり、全国的な教育政策の監督、連邦教育資金の配分、および全米における教育機会の平等な確保を主な使命としている[1]。教育の管理は主に州および地方自治体に委ねられているが、同省は連邦プログラムや資源を通じてこれらの努力を支援・補完する重要な役割を果たしている[2]。その主要な任務は、教育の卓越性を促進し、すべての学生がグローバル競争力に備えられるよう学業達成を推進することにある[3]

主要な責任と機能

同省の主要な機能には、連邦教育政策の策定、資金配分、データ収集、研究の実施、および連邦財政援助を受ける教育プログラムにおける差別の禁止を規定する公民権法の執行が含まれる[4]。これらの責任は、教育機関の運営を直接管理するのではなく、条件付き資金提供を通じて州および地方の教育システムに影響を与える形で果たされる。特に、初等中等教育法(ESEA)や特別支援教育法(IDEA)といった主要な連邦法律の執行は、同省の重要な役割である[5]

組織構造と指導体制

同省は教育省長官が内閣の一員として率いており、大統領に教育政策に関する助言を行っている[7]。教育省長官は大統領の指名により上院の承認を経て任命され、省全体の運営を監督する。2025年3月3日、リンダ・E・マクマホンが第13代教育省長官として上院で51対45の票差で承認され、正式に就任した[29][30]。この指導体制により、教育問題は行政の最上位レベルで直接扱われるようになっている。

联邦教育資金の管理

同省は連邦教育資金の配分を主導しており、特に連邦学生援助(FSA)を通じて、連邦補助金、学生ローン、およびワークスタディ資金を管理している[4]。FSAは年間1200億ドル以上を1300万人以上の学生に分配しており、これは連邦政府が高等教育にアクセスを提供する上で最も重要な手段の一つである[32]。資金配分は、連邦予算プロセスを通じて決定され、大統領の予算案が議会に提出された後、議会が資金レベルを承認する[33]

教育機関における差別の禁止

同省は、連邦財政援助を受ける教育機関における差別を禁止する公民権法の執行も担当している。公民権法執行局(OCR)は、人種、肌の色、国籍、性別、障害、年齢に基づく差別を禁止する法律を執行し、苦情調査やコンプライアンスレビューを実施している[4]。例えば、タイトルIX(性差別禁止)、リハビリテーション法第504条(障害者差別禁止)、および公民権法第6条(人種差別禁止)の執行が含まれる[35]。OCRは、苦情を受け付け、違反が認められた場合は是正措置を命じ、資金停止などの最終手段も有している[36]

教育データの収集と研究

同省は、国家教育統計センター(NCES)を通じて、アメリカの教育の状態と進展に関するデータを収集、分析、発信している[1]。NCESは、統合的高等教育データシステム(IPEDS)やコモン・コア・オブ・データ(CCD)といった全国規模のデータベースを管理しており、教育政策の立案や研究に不可欠な情報を提供している[38]。また、全国学力調査(NAEP)を実施し、「ナショナル・レポートカード」として知られる全国的な学力のベンチマークを提供している[39]

州および地方教育機関との協働

同省は、州および地方教育機関との協働を通じて、連邦政策を実施している。例えば、ESEA(初等中等教育法)の下では、各州が連邦の要件を満たす教育計画を提出し、同省がその承認を行う[40]。同省は技術的支援やガイダンスを提供し、州が法的要件を遵守できるように支援する。また、連邦資金の監視やコンプライアンス監査も実施し、資金が適切に使用されていることを確認している[41]

政治的変化と政策の影響

同省の規制および執行の重点は、政権の変化に大きく影響を受ける。例えば、バイデン政権下では、教育の公平性、精神保健、人種的正義の促進が重点課題とされた[42]。一方、トランプ政権は規制緩和と学校選択の拡大を重視し、同省の範囲を縮小する構造改革を提案した[43]。このような政治的変動は、州および地方の教育機関が遵守すべき要件に不確実性をもたらすことがある[44]

連邦教育資金の配分と管理

アメリカ合衆国教育省(U.S. Department of Education)は、連邦政府による教育資金の配分と管理において中心的な役割を果たしており、全国の州、地方教育機関(LEA)、高等教育機関、および個々の学生に対する財政的支援を統括している[1]. 連邦政府の教育支出は全体の8~10%を占めるが、これは特に低所得層の学校や特別支援を必要とする学生にとって不可欠な支援となる[46]. 資金の配分は主に連邦立法に基づく公式を通じて行われ、その中でも初等中等教育法(ESEA)および高等教育法(HEA)が主要な法的枠組みを提供している。2026会計年度には、教育省は790億ドルの予算を獲得し、主要プログラムの継続的支援を確保した[47].

Title I資金の配分と公平性の確保

初等中等教育法(ESEA)の下で実施されるTitle I資金は、低所得世帯の学生が多数在籍する学校を支援するための最大規模の連邦補助金であり、教育機会の均等化を促進する。資金は4つの公式を通じて配分される:基本補助金(Basic Grants)、集中補助金(Concentration Grants)、ターゲット補助金(Targeted Grants)、および教育財政インセンティブ補助金(EFIG)[48]. これらの公式は、米国国勢調査局の貧困層児童数データと州の生徒1人当たり支出を基に算出される。たとえば、2024年度にはカリフォルニア州が22億ドル以上を受け取った[49].

資金の公平な利用を確保するため、教育省は「補足、代替ではない(supplement, not supplant)」という原則を適用し、連邦資金が州・地方の支出に取って代わることを防いでいる。また、「サービスの比較可能性(comparability of services)」要件により、Title I対象校が非対象校と同等の教員・資源を受けるよう義務付けられている[50]. 教育省は、こうした資金配分の透明性を高めるために、LEAごとの資金配分データを公表しており、各地方教育機関が貧困層の学生に重点を置いて資金を配分するよう促している[51].

特別支援教育法(IDEA)資金の監督と成果評価

特別支援教育法(IDEA)に基づく資金は、障害を持つ学生に「無償かつ適切な公共教育(FAPE)」を提供する州の努力を支援する。教育省は、特別支援教育およびリハビリテーションサービス局(OSERS)および特別支援教育プログラム局(OSEP)を通じて、各州の実施状況を監督している。各州は、17の指標に関する進捗を示すIDEA州別実施計画(SPP)と年次実施報告書(APR)を提出し、教育省はこれに基づいて「要件を満たしている」「支援が必要」「介入が必要」「大幅な介入が必要」の4段階で年度判定を行う[52]. この判定結果は、連邦の監督レベルや技術的支援の必要性を決定する。

教育省は、州が地方教育機関(LEA)の遵守状況を監視し、不遵守が判明した場合は是正措置を講じることを求める。また、親がIDEA違反を申し立てた場合、苦情調査や正当手続きによる紛争解決メカニズムを確保している[53]. 教育省は、DaSyセンター(Center for IDEA Early Childhood Data Systems)などの支援機関を通じて、州のデータ管理能力の向上を図っている[54].

連邦予算プロセスにおける資金配分の決定

教育省は、連邦予算プロセスにおいて、資金配分の優先順位を策定し、執行する重要な役割を担っている。予算プロセスは、教育省が戦略目標に基づいて予算案を策定し、予算管理局(OMB)に提出する「策定」段階から始まる[55]. その後、大統領の予算案として議会に提出され、労働・厚生・教育合同委員会(LHHS)が公聴会を開催し、資金レベルを決定する。最終的に成立した予算案に従って、教育省は資金を各プログラムに配分し、遵守状況を監視する。

資金配分の優先順位は、大統領の政策目標、法定公式、公平性の観点から決定される。たとえば、連邦学生援助(FSA)は、連邦学生ローンやピール・グラントの管理を通じて、学生金融援助プログラムの資金執行を担っている[32]. 一方、IDEA資金は、障害児童数と州の教育財政努力度に応じて配分されるが、議会が定めた40%の完全資金化目標に対して、実際の資金は12~15%にとどまっている[57]. 教育省は、毎年の予算要請でIDEA資金の増額を訴え続けている[58].

州・地方との協働と監視メカニズム

教育省は、州教育機関(SEA)と連携し、地方教育機関(LEA)の遵守状況を監視する階層的な監督モデルを採用している。SEAは、教育省から受け取った資金をLEAに配分し、定期的な監視訪問や文書提出を求める。たとえば、カリフォルニア州やマサチューセッツ州では、LEAに対する計画的な監視を実施している[59]; [60]. 教育省は、不遵守が判明した場合、技術的支援、是正措置計画の提出、さらには資金の停止といった段階的な対応を取る[61].

また、公民権法執行の一環として、公民権局(OCR)は、連邦資金を受ける教育機関における差別の禁止を監視している[35]. OCRは、タイトルVI(人種、肌の色、国籍に基づく差別)、タイトルIX(性差別)、第504条(障害に基づく差別)などの法的枠組みを執行し、苦情調査や自主的なコンプライアンスレビューを通じて公平性を確保している[36].

学生支援と金融援助プログラム

アメリカ合衆国教育省(U.S. Department of Education)は、学生の高等教育へのアクセスと負担可能性を確保するために、幅広い学生支援と金融援助プログラムを管理・実施している。これらのプログラムの中心を成すのは、連邦学生援助局(Federal Student Aid, FSA)が運営する連邦学生援助であり、年間1200億ドル以上を1300万人以上の学生に提供している[32]。FSAは、高等教育法(Higher Education Act)に基づき、助成金、貸付金、および勤労学生プログラムの3つの主要な形態で支援を提供し、低所得および中所得世帯の学生が大学教育を受けられるようにしている。

連邦学生援助の主要プログラム

連邦学生援助の主要な構成要素は、返済不要の助成金、返済が必要な貸付金、および学生が学費を補うために働く勤労学生プログラムである。最も著名な助成金はピール・グラント(Pell Grant)であり、2024–2025年度の最大額は7,395ドルに設定されている[65]。ピール・グラントの対象者は、経済的必要性に基づき、学生支援インデックス(SAI)と呼ばれる新しい指標で決定される。SAIは、かつての期待家族負担(EFC)に代わるものであり、FAFSA(Free Application for Federal Student Aid)の簡素化改革の一環として導入された[66]

連邦学生ローンには、補助付きローン(Subsidized Loans)と無補助付きローン(Unsubsidized Loans)がある。補助付きローンは、在学中および猶予期間中の利子が連邦政府によって支払われるため、経済的必要性のある学生にとって特に有利である。これらのローンは、連邦直接ローンプログラム(William D. Ford Federal Direct Loan Program)を通じて直接政府から提供される[67]。また、親向けのPLUSローンや、複数のローンを一本化する統合ローンも提供されている。返済は、収入連動返済(IDR)プランを通じて支援されており、特にSAVEプランは月々の支払いを所得に応じて調整し、長期間の返済後には残債務の免除を提供する[68]

勤労学生プログラム(Federal Work-Study)は、経済的必要性のある大学生および大学院生が、学業と両立可能な形でパートタイムの仕事を得ることを支援する。このプログラムは、学生が教育費を賄うだけでなく、職業経験を積む機会を提供する。参加する学生は、学内や非営利団体、公共機関などで雇用され、連邦政府が給与の一部を負担する[69]

金融援助の影響とアクセスの拡大

連邦学生援助プログラムは、特に低所得学生の大学進学と卒業率を高める上で重要な役割を果たしている。研究によると、ピール・グラントの受給者は卒業する可能性が高く、長期的には収入の増加や公的支援への依存度の低下といった恩恵を受ける[70]。2024年のFAFSA簡素化改革により、申請項目が大幅に削減され、自動的にSAIがゼロと判定される学生の範囲が拡大したことで、援助のアクセスがさらに広がったとされている[71]。この改革は、特に第一世代大学生や支援が必要なコミュニティにおける進学率向上を目指している。

また、連邦政府は「労働力ピール」(Workforce Pell)の実証プログラムを開始し、短期間の職業訓練プログラムにもピール・グラントを適用できるようにしている。これにより、従来の学位課程に限らず、労働市場で需要の高いスキルを習得するための教育にも資金援助が可能となった[72]。このような取り組みは、職業教育と高等教育の接続を強化し、経済的機会の拡大に寄与している。

機関の説明責任と学生保護

連邦援助の提供には、機関の説明責任が不可欠である。教育省は、機関が連邦援助に参加する資格を維持するために、財務的責任、行政能力、および教育的品質を満たすことを要求している。特に、営利大学(for-profit colleges)に対しては、過去の不正行為や学生の債務問題を背景に、より厳しい監視が行われている。2023年に最終決定された「収益性就業」(Gainful Employment, GE)規則は、卒業生の債務と収入の比率が一定の基準を超えるプログラムに対して連邦援助の資格を剥奪するという強力な手段を導入した[73]。この規則により、学生が不当な負債を抱えるリスクが軽減され、機関は実質的な職業的成果を提供するよう促されている。

さらに、教育省は「借入者の防御」(Borrower Defense)制度を通じて、機関が誤解を招くような情報提供や不正行為を行った場合に、学生のローン返済義務を免除することができる。これにより、IT専門学校(ITT Tech)やその他の営利大学の元学生に対して、数十億ドル規模の債務免除が行われてきた[74]。このような措置は、学生保護を強化し、連邦資金の不正使用を防ぐための重要なメカニズムとなっている。

学生ローン免除の課題と経済的影響

近年、連邦学生ローンの免除をめぐる政策は大きな注目を集めてきた。2022年に発表された大規模な債務免除計画は、2023年6月の最高裁判決(Biden v. Nebraska)により無効となった[75]。この判決は、大統領が議会の承認なしに大規模な債務免除を行う権限を持たないことを明確にした。この後、政府はSAVEプランなどの収入連動返済制度を活用して、より持続可能な形での債務軽減を目指している。

経済的には、学生ローンの免除は家計の可処分所得を増加させ、消費や住宅購入などの経済活動を刺激する可能性があるとされている[76]。一方で、財政的コストや、将来の借り手が債務を軽視する「モラル・ハザード」のリスクも指摘されている。2024年時点で、連邦学生ローン債務は約1.7兆ドルに達しており、政策決定には慎重なバランスが求められている[77]。教育省は、こうした課題を踏まえながら、学生の負担を軽減しつつ、高等教育の持続可能性を確保するための政策を継続的に模索している。

特別支援教育と公民権の執行

アメリカ合衆国教育省(U.S. Department of Education)は、特別支援教育法(IDEA)の執行と公民権法執行を通じて、すべての学生が教育の機会を平等に享受できるよう保障する重要な役割を担っている[4]。特に、障害のある学生や人種・民族・性別・年齢に基づく差別の影響を受ける学生に対して、連邦法が定める権利を保護し、実現するための監督・支援・執行活動を行っている。このセクションでは、特別支援教育の制度的枠組みと、教育機関における差別の禁止に関する連邦の取り組みを詳細に解説する。

特別支援教育法(IDEA)の執行と支援

特別支援教育法(IDEA)は、障害のある学生が「無料かつ適切な公教育」(FAPE)を受ける権利を保証する連邦法である[52]。教育省は、この法律の実施を監督し、各州が法的義務を遵守しているかを評価するための包括的な枠組みを運用している。その中心となるのは、特別支援教育およびリハビリテーションサービス局(OSERS)およびその下部組織である特別支援教育プログラム局(OSEP)である[80]

教育省は、各州に対して「IDEA州の実施計画」(SPP)と「年次実施報告書」(APR)の提出を求め、17の指標に基づいて州のパフォーマンスを年次でレビューしている。これらのレビューの結果、州は「要件を満たしている」(Meets Requirements)、「支援が必要」(Needs Assistance)、「介入が必要」(Needs Intervention)、「大幅な介入が必要」(Needs Substantial Intervention)のいずれかに分類され、その結果は公表される[52]。この評価プロセスは、州レベルでの監督の強化と、地方教育機関(LEA)における法的遵守の確保に直接つながる。不遵守が確認された場合、州は是正措置計画の提出や、技術的支援の提供、場合によってはIDEA資金の一部停止などの措置を講じる必要がある[54]

公民権の執行と差別の防止

教育省は、連邦財政援助を受ける教育機関における差別を禁止する連邦公民権法の執行を、公民権局(OCR)を通じて行っている[35]。OCRは、人種、肌の色、国籍、性別、障害、年齢に基づく差別を禁じる法律、すなわちタイトルVI(1964年公民権法)、タイトルIX(1972年教育修正法)、セクション504(1973年リハビリテーション法)、およびアメリカ障害者法(ADA)の遵守を監視している[84]

OCRの執行メカニズムは、主に二つの柱から成る。一つは、個人や団体からの差別申立て(complaint)に基づく調査である。申立人は、差別の発生から180日以内に、オンライン、郵送、またはメールで申立てを行うことができる[85]。OCRは申立てを審査し、調査に値すると判断した場合、文書の提出要請、関係者へのインタビュー、学校訪問などを通じて調査を行う[36]。調査の結果、法違反が確認された場合、OCRは教育機関と「是正合意書」(Resolution Agreement)を結び、方針の見直し、職員研修の実施、補償措置の提供などを求める。合意が守られない場合は、連邦資金の停止という最終手段も存在する。

二つ目の柱は、申立てがなくても、データ分析や社会的関心の高い問題に基づいて実施される「遵守監査」(Compliance Reviews)である。例えば、人種差別の問題に関する市民権データ収集(CRDC)のデータから、黒人学生の退学率が著しく高いといった系統的な不平等が明らかになった場合、OCRはその学区を対象に監査を開始する[87]。これにより、個別の申立てでは浮かび上がらない構造的な差別にまで対応することが可能になる。

教育機関における差別の禁止と具体的な取り組み

教育省は、特に人種と障害に基づく学校内での処遇の不平等に焦点を当てた取り組みを進めている。学校内処遇の不平等は長年の課題であり、CRDCのデータは、黒人学生が白人学生の3倍以上、障害のある学生が非障害学生の2倍以上の頻度で退学処分を受けていることを示している[88]。これに対応して、教育省は2023年に「人種差別的処遇に対処するためのリソース」を発表し、教育機関に対して、主観的な違反(例:「反抗」)の使用を避け、修復的実践やポジティブな行動介入の導入を促している[89]

また、障害のある学生については、行動上の問題がその障害と関連しているかどうかを判断する「顕在化決定レビュー」(Manifestation Determination Review)の重要性を強調している。10日を超える処分が行われる場合、このレビューが義務付けられ、不適切な処分が行われないよう保護されている[90]。さらに、教育省は、AIやアルゴリズムを用いた処遇決定が偏見を助長する可能性があるとして、その差別的使用を避けるよう警告している[91]

英語学習者(EL)学生の権利保護

教育省は、英語学習者(EL)の学生とその家族の権利保護にも力を入れている。タイトルVIと等しい教育機会法(EEOA)に基づき、教育機関は、言語の壁が教育参加を妨げないよう「適切な措置」を講じる義務がある[92]。具体的には、EL学生の正確な識別と評価、効果的な英語指導プログラムの提供、限られた英語能力を持つ保護者への翻訳・通訳サービスの提供が求められる。

OCRは、これらの義務を遵守していない学区に対して是正措置を求めてきた。例えば、ティガード・トゥアラティン学区(2014年)やアダムス郡学区14(2014年)では、EL学生の識別や指導の遅れが問題となり、是正合意が成立した[93]。これらの事例は、教育機関がEL学生への支援を軽視できないことを明確に示している。なお、2025年に2015年のELに関するガイダンスが撤回されたが、基本的な法的義務は維持されている[94]

高等教育政策と機関の監督

アメリカ合衆国教育省(U.S. Department of Education)は、連邦学生援助(FSA)を通じて、高等教育機関に対する資金援助と監督の中心的役割を果たしている。特に、連邦学生ローンやピール・グラントなどの財政支援プログラムの管理を通じて、低・中所得層の学生が高等教育にアクセスできるよう支援している[32]. 2024年度には、連邦学生援助プログラムは年間1200億ドル以上を約1300万人の学生に分配しており、これは米国における学生支援の最大の資金源となっている[96].

高等教育法に基づく政策の実施

教育省は、高等教育法(Higher Education Act, HEA)に基づき、連邦学生援助の配分と高等教育機関の責任を監督している[97]. 1965年に制定されたこの法律は、ピール・グラント(当初は基本教育機会奨学金)や保証付き学生ローン制度を創設し、低所得層の学生が大学進学を可能にする基盤を築いた。1979年に教育省が設立された後、これらのプログラムはFSAに統合され、効率的かつ一貫した運営が可能となった。1998年には、FSAが連邦政府初の「成果ベース型組織(PBO)」に指定され、サービスの質と透明性の向上が求められた[98].

近年では、2026~2027年度のFAFSA(連邦学生援助無料申請フォーム)が大幅に簡素化され、社会保障番号のリアルタイム検証が導入されたことで、申請の迅速化と公平性の向上が図られている[99]. これにより、学生は即日でFSA IDを取得でき、援助の受給プロセスが大幅にスムーズになった。

機関の責任と透明性の強化

教育省は、高等教育機関の責任を確保するために、連邦学生援助の受給資格を管理する重要な権限を行使している。特に2023年に発表された最終規則では、2024年7月1日から、大学の財務的責任、金融援助の透明性、および学業の価値に関する基準が強化された[73]. これには、学生の成績証明書を未払い金の理由で差し止める行為の禁止や、特に有利な雇用(Gainful Employment)分野において、債務対収入比率の基準を満たさないプログラムに対して連邦援助の受給資格を剥奪する措置が含まれている[101]. これらの規則は、学生を不当な負担から守り、教育プログラムの質と労働市場との整合性を確保することを目的としている。

認証制度の改革と質の保証

高等教育の質を保証する上で、認証制度は極めて重要である。教育省は、認証機関の認定を行う権限を持ち、連邦援助の受給資格を有する機関は、教育省が承認した認証機関によって認証されている必要がある[102]. 2026年、教育省は、認証制度の改革と強化を目的とした交渉規則制定(negotiated rulemaking)を発表した。その目的は、認証プロセスの簡素化、学生の成果に基づいた評価の徹底、私的貿易団体による不適切な影響の排除、および透明性の向上である[103]. また、認証ハンドブックの更新により、官僚的負担を軽減しつつ、高品質で高価値のある教育を支援する体制を整えている[104].

不正行為からの学生保護

教育省は、特に利益追求型の大学における不当な勧誘や不正行為から学生を守るための措置を強化している。有利な雇用(GE)規則は、学生の借入額と卒業後の収入の比率を評価し、持続不可能な債務を課すプログラムに対して連邦援助の資格を剥奪する仕組みである[105]. また、借り手の防御(Borrower Defense)制度により、学校が虚偽の広告や不正行為を行った場合、学生は返済義務の免除を申請できる。有名な事例として、ITT Techの学生約11万5千人に対して11億ドルの債務免除が行われた[74]。さらに、Sweet v. Cardona訴訟の和解により、約20万人の借り手に60億ドルの債務免除が行われた[107]。これらの措置は、連邦資金の適正な使用と学生保護を確保するための重要な手段である。

データ駆動型の監督と透明性の促進

教育省は、国家教育統計センター(NCES)を通じて、大学の卒業率、収入、借入額などのデータを収集・分析し、政策立案に活用している[38]. 特に、大学スコアカード(College Scorecard)は、学生が各機関の成果を比較できるように、10年後の中央値収入や返済率などの情報を公開している[109]. これらのデータは、有利な雇用規則の適用や、機関の財務的責任の評価に直接利用され、透明性と説明責任を高めている。また、教育省は、機関に対して、財務価値の透明性(FVTGE)に関するデータを毎年提出することを義務付けており、これにより学生は教育投資のリスクをより正確に評価できるようになっている[110].

州・地方教育機関との協働

アメリカ合衆国教育省(U.S. Department of Education)は、憲法上、教育の管理が主に州および地方自治体に委ねられているという枠組みの中で、連邦政府としての役割を果たしている。同省は直接学校を運営するのではなく、連邦教育資金の配分、公民権法執行、データ収集、および技術的支援を通じて、州・地方教育機関の努力を補完・支援する。この協働関係は、連邦の優先事項を推進しつつ、州と地方の自治を尊重する「条件付き連邦主義(cooperative federalism)」の原則に基づいている[2]

連邦と州の協働の法的・制度的枠組み

教育省の州・地方との協働は、初等中等教育法(ESEA)や特別支援教育法(IDEA)といった主要な連邦法律によって構造化されている。これらの法律は、州が連邦資金を受け取る条件として、特定の基準や義務を遵守することを求める。例えば、ESEA(2015年にエブリースチューデントサクシード法(ESSA)として再承認)は、州が独自の学力評価とアカウンタビリティ体制を設計することを認める一方で、連邦政府はその計画を審査・承認する権限を持つ[40]。このプロセスでは、州は学力基準、年次評価、学校のパフォーマンス評価方法、低成績校への支援策などを詳細に記述した統合計画を教育省に提出し、連邦の法律との整合性が確認される。

同様に、IDEAは、障害のある学生に無償適切公立教育(FAPE)を保証する。教育省の特別支援教育およびリハビリテーションサービス局(OSERS)は、各州が提出する「特別支援教育法州別パフォーマンス計画」(SPP)と「年次パフォーマンス報告書」(APR)を監視し、17の指標に基づいて毎年、州の実施状況に対する「決定(determination)」を発表する。この決定は「要件を満たしている」から「重大な介入が必要」まで段階があり、連邦の監督の強度を決定する[52]

資金配分と監視による協働

教育省の主要な協働手段は、連邦教育資金の配分である。連邦資金は、州と地方の教育機関が連邦の優先事項(特に教育の平等)を達成するためのインセンティブとして機能する。例えば、タイトルI資金は、低所得家庭の学生の割合が高い学校に資金を提供し、学力格差の是正を支援する[114]。資金の配分は、米国国勢調査局の貧困データに基づく複数の法定式によって行われ、教育省はそのプロセスを管理する。

資金を受け取る州と地方教育機関(LEA)は、その使用が連邦の規則に準拠していることを保証する責任を負う。教育省は、州教育局(SEA)が地方機関を監視し、不正や非遵守を是正する「一般監督(general supervision)」の義務を果たすことを求める[80]。教育省自身も、文書審査、面談、現地調査などを通じて州の監視体制を監視し、必要に応じて是正措置を要求する。この「段階的な監督モデル」は、まず技術的支援を提供し、継続的な不遵守に対しては資金の差し止めなどの制裁を科す。

技術的支援と柔軟性の提供

教育省は、州と地方の教育機関が連邦の要件を満たすのを支援するために、広範な技術的支援を提供する。これは、非規制的ガイダンス、トレーニング、リソースキットの配布、および専門家による支援を含む[116]。この支援は、連邦政府が直接命令するのではなく、州のイノベーションを促進し、地域の文脈に合った解決策を採用できるようにする。

さらに、教育省は州の柔軟性を尊重する仕組みを設けている。ESSAは、州が特定の法定または規制上の要件から免除(waiver)を申請できるようにしており、独自の改革課題に対応できるようになっている。例えば、2025年初頭時点で、43の州と準州がESSAの柔軟性を認可されていた[117]。このプロセスは、教育省をトップダウンの規制者ではなく、協働的なパートナーとしての役割を強調する。

政治的変動がもたらす協働の課題

州・地方との協働関係は、連邦政府の政治的変動に大きく影響を受ける。政権が変わると、教育省の規制や執行の重点が大きく変化する。例えば、バイデン政権は、教育の公平性、メンタルヘルスの支援、公民権法執行の強化を優先事項とした[42]。一方で、トランプ政権は、規制緩和と学校選択の拡大を推進し、教育省の役割縮小を提案した[43]。このような政策の揺れは、州と地方の教育機関に混乱をもたらし、連邦の期待に応えるための戦略を頻繁に見直す必要を生じさせる。

課題と今後の展望

教育省が直面する最大の課題の一つは、連邦の監督と州・地方の自治の間の継続的な緊張である。一部の州は、連邦の資金条件が「強制的連邦主義(coercive federalism)」を生み出し、州の権限を侵害すると反発する[120]。2025年には、約20の州が教育省がタイトルI資金などの主要プログラムを他の連邦機関に移管しようとしたことに対して反発した[121]。これらの課題は、教育省が効果的な協働を維持するためには、透明性、一貫性、そして州の能力を尊重するアプローチが不可欠であることを示している。

政治的変化と政策の影響

アメリカ合衆国教育省(U.S. Department of Education)の政策と影響は、政権の交代や連邦政府の政治的優先順位の変化に強く左右されてきた。歴代政権は、教育省の規制方針、資金配分、法的解釈において異なるアプローチを採用しており、これにより教育政策の焦点は継続的に変化してきた。特に、連邦政府と州・地方教育機関の間の権限のバランス、教育の公平性、制度的説明責任に関する議論は、政治的変動の中心に位置している。教育省は、連邦学生援助(FSA)や特別支援教育法(IDEA)などの主要プログラムを通じて、政治的意志の変化に応じた政策の実施と執行の舞台となっている[4]

政権交代による政策の変化

歴代大統領の政治的イデオロギーは、教育省の優先事項に直接的な影響を与えてきた。例えば、ジョージ・W・ブッシュ政権下で2002年に可決されたノーチャイルド・レフト・ビハインド法(NCLB)は、連邦政府によるK–12教育への介入を大幅に拡大した。この法律は、年次標準化テストの実施や「適切な年次進歩」(AYP)の達成を義務付け、達成できない学校には再編成や閉鎖の可能性を課すことで、成果に基づく説明責任を強調した[123]。NCLBは、特に不利な立場にある学生の学力格差を解消するという目標を持っていたが、その硬直的な枠組みは「試験対策教育」の助長や、資源に恵まれない学校への不当なペナルティを科すとして広く批判された[124]

これに対し、オバマ政権は2009年にレース・トゥ・ザ・トップ(RTTT)プログラムを導入し、連邦資金を競争的助成金として州に提供することで、教育改革を促進した。RTTTは、共通コア・スタンダードの採用や、教員評価のパフォーマンスベース化、低業績校の再生戦略などを評価基準として、州の自発的な改革を奨励した[125]。このアプローチは、上からの命令ではなく、インセンティブによる連邦主義を特徴としていた。しかし、既に改革の基盤を持つ州を優遇する可能性があるという批判もあった[126]

2015年に可決されたエブリースチューデント・サクシーズ・アクト(ESSA)は、NCLBの厳格な連邦規制からの後退を示した。ESSAは年次テストを維持したものの、「適切な年次進歩」の義務を撤廃し、州が自らのアカウンタビリティシステムを設計できるようにした[127]。これにより、連邦政府の役割は、州の計画の承認とモニタリングに移行し、教育省の規制的権限は縮小された。

トランプ政権(2017–2021)は、規制緩和と学校選択の拡大を重視し、連邦政府の介入をさらに縮小する方向に舵を切った。同政権は、連邦規制の見直し、チャータースクールや私立学校への奨学金(バウチャー)の推進、および公民権法執行の弱体化を図った[128]。一方、バイデン政権(2021–現在)は、教育の公平性と公民権の強化に再び重点を置いている。2022年に発表された公平性アクションプランは、学校の統合、教員の多様性の促進、支援を必要とするコミュニティへの支援を柱としている[129]。また、連邦学生ローンの返済を簡素化し、負担を軽減する規制改革も進めている[130]

政治的議論と連邦と州の権限の対立

教育省の設立自体が、連邦政府と州・地方の権限を巡る政治的議論の産物であった。1979年に教育省設立法(Department of Education Organization Act)が成立した際、支持派は、教育への連邦のコミットメントを強化し、連邦教育プログラムの調整を改善するためには、内閣レベルの独立した省庁が必要であると主張した[131]。しかし、反対派、特に保守派や州権を重視する人々は、連邦教育省が州と地方の教育管理への介入を招き、全国的なカリキュラムの強制や官僚主義の増大につながると警告した[132]

この連邦対州の権限の対立は、今日まで続いている。2025年末、約20の州が、教育省がピール・グラントなどの主要プログラムを他の連邦機関に移管しようとしたことに対して反発した[121]。これは、連邦政府の管理に対する継続的な懐疑心と、州の自律性を維持したいという願望を反映している。また、連邦政府が教育政策に影響を与える主な手段である「条件付き資金」は、連邦政府が財政的インセンティブを使って州の行動を「強制」する「強制的連邦主義」(coercive federalism)の一形態であると批判されることがある[120]

政治的変化が公民権執行に与える影響

教育省の教育機関における差別の禁止の執行は、政権の変更に極めて敏感である。オバマ政権は、タイトルIX(性差別)やセクション504(障害者差別)に関するガイドラインを強化し、性的嫌がらせやトランスジェンダー学生の権利に関する調査を積極的に行った[135]。これに対し、トランプ政権はこれらのガイドラインの多くを撤回し、公民権調査の件数を減少させた。バイデン政権は、これらの政策を再び強化する方針を示している。

2023年の最高裁判所の判決(Students for Fair Admissions v. Harvard)は、大学の入学における人種意識的アファーマティブ・アクションを違憲とした。これを受け、教育省は、連邦資金を受ける機関が人種を入学決定の要因として使用することはもはや違法であると明確にした[136]。しかし、学生が人種が自分の人生にどのように影響したかを論じるエッセイを提出することは、個別的かつ文脈に即して評価される限り、依然として許容されるとした。このように、政治的・司法的変化が、教育省の執行方針と学生の権利に直接的な影響を与える。

政治的変化が制度的説明責任に与える影響

高等教育政策における政治的変化は、特に制度的説明責任の枠組みに顕著に現れる。バイデン政権は、2023年に最終決定されたゲインフル・エンプロイメント(Gainful Employment)規則を導入し、職業訓練プログラムの学生ローン返済額が卒業生の収入に対して持続可能であるかどうかを評価する枠組みを強化した[73]。この規則は、学生を不当な負債から守るためのものだが、教育機関の自律性を損なうと批判する声もある。一方、トランプ政権は、こうした規制の見直しや緩和を求める傾向にあった。このように、連邦政府が教育機関の経営やプログラム設計にどの程度介入すべきかという問題は、政治的立場の違いによって大きく異なる。

データ収集と教育研究

アメリカ合衆国教育省(U.S. Department of Education)は、教育政策の形成と評価において、体系的かつ継続的なデータ収集と教育研究を核となる機能としている。この活動は、政策立案者、教育関係者、研究者、そして一般市民が米国の教育の現状と進展を理解できるようにするための基盤を提供する。この分野における主要な役割は、国家教育統計センター(NCES)に委ねられており、これは米国教育省の傘下にある教育科学研究所(IES)の一部である[38]

国家教育統計センター(NCES)の役割と主要なデータベース

国家教育統計センター(NCES)は、連邦政府における教育統計の主要な機関として、全国的な教育データの収集、分析、公表を担当している。NCESのデータは、教育政策の立案、資金配分の決定、そして教育成果の評価に不可欠な客観的根拠を提供する。代表的なデータベースには以下のようなものがある。

  • 統合的高等教育データシステム(IPEDS):全国の7,000以上の高等教育機関から、入学状況、卒業率、財政、教員に関する年次データを収集している[139]。このデータは、大学のパフォーマンスを比較評価するための大学スコアカード(College Scorecard)の基盤となっている[109]
  • 共通基盤データ(CCD):全米の公立小中高等学校および学区に関する包括的なデータベースであり、人口統計、財政、入学状況などの情報を提供している[141]
  • 全米学力調査(NAEP):「ナショナル・レポートカード」とも呼ばれるこの調査は、数学、読解、科学などの主要科目における学生の学力到達度を測定するための全国的基準である[39]。この調査は、州間や全国的な学力の動向を追跡する上で重要な役割を果たしている。

教育研究の実施と政策への影響

教育省は、データ収集に加えて、教育の質の向上と学習成果の改善に貢献する研究を実施・支援している。教育科学研究所(IES)は、教育に関する科学的証拠を生成し、その成果を実際の教育現場に適用することを目的としている。この研究は、特別支援教育、英語学習者(EL)の支援、学力格差の是正、教育技術の効果など、幅広い分野に及ぶ。

重要な政策決定は、これらの研究結果に大きく依存している。例えば、「すべての生徒が成功する法案」(ESSA)は、証拠に基づいた(evidence-based)介入の重要性を強調しており、資金の配分に当たっては、研究で効果が証明されたプログラムの採用を奨励している。これにより、教育省は、単に資金を配分するだけでなく、教育の実践そのものを改善するための知識の創出と普及を促進する役割を担っている。

データを活用した制度的透明性と説明責任

教育省は、収集したデータを活用して、高等教育機関の説明責任を強化する取り組みを進めている。特に注目されるのが、有益な職業教育(Gainful Employment, GE)規則である。この規則は、職業訓練プログラム(特に専門学校や職業訓練校)の卒業生が、その学費の返済に見合うだけの収入を得ているかを評価するものである。具体的には、卒業生の学生ローン返済額が、その収入の一定割合(総収入の7%、または可処分所得の12%)を超える場合、そのプログラムは「不合格」とされ、連邦学生援助の利用資格を失う可能性がある[143]。この仕組みは、学生が負担する学費と将来の収入の関係を透明化し、学生を詐欺的な教育機関から保護する目的がある。

公正性の確保と差別の監視

データ収集は、教育における不平等の監視にも不可欠である。公民権法執行局(OCR)は、教育機関における差別の調査を行うために、公民権データ収集(CRDC)という2年ごとの調査を実施している[144]。この調査では、学内での処罰(停学や退学)、先進的なコース(APやIB)へのアクセス、教員の配置、特別支援教育の適正な提供など、人種、性別、障害の有無別にデータが収集される。例えば、CRDCのデータは、黒人学生が白人学生と比べて不釣り合いに高い割合で停学処分を受けているといった、体系的な差別の存在を明らかにするのに利用されてきた[88]。このデータは、OCRが差別の申し立てを調査したり、自発的な監査を実施したりする際の重要な根拠となる。

今後の課題と改革の展望

アメリカ合衆国教育省(U.S. Department of Education)は、今後も連邦政府としての教育政策の推進と教育機会の平等の確保という使命を果たしつつ、政治的変動、財政的制約、社会的課題に直面している。今後の課題は、連邦と州・地方の権限のバランスの維持、教育格差の是正、高等教育機関の説明責任の強化、そしてデータに基づく政策形成の深化に集中している。これらの課題に対応するための改革の展望は、法的枠組みの見直し、監督の強化、透明性の向上を通じて、教育の公平性と質の両立を図ることにある。

政治的変動と連邦教育政策の不安定性

教育省の政策的優先事項は、政権交代に伴って大きく変動する。近年の行政の変化は、連邦教育政策の不安定性を際立たせている。たとえば、バイデン政権は教育の公平性、学生のメンタルヘルス、差別の禁止を重視し、「リード・ザ・ワールド」(Raise the Bar: Lead the World)イニシアティブを推進している[42]。一方で、トランプ政権は規制緩和と「教育の州への返還」を掲げ、教育省の機能縮小やK–12教育の労働省への移管を提唱した[43]。このような政治的揺れは、州や地方の教育機関にとって、継続的なコンプライアンスの適応を強い、長期的な政策の連続性を損なうリスクを生じている。教育省は、こうした政治的変動の中で、教育の基本的価値を貫くための柔軟な政策形成能力が求められている。

教育格差の是正と公民権の執行

教育格差の是正は、教育省の中心的な課題の一つである。特に、人種、社会経済的地位、障害の有無による学力格差や学校内での処遇の不均衡が深刻な問題となっている。教育省の公民権法執行を担当する教育機関における差別の禁止(OCR)は、こうした格差に取り組むための主要な機関である。OCRは、学校内での体罰の不均衡に注目し、2023年に「学生処遇における人種差別の対処」に関するリソースを発表した[148]。このリソースは、黒人学生や障害のある学生が不当に厳しい処罰を受けやすいというデータに基づき、学校に自らの処遇データの分析や、休息的実践(restorative practices)の導入を促している。また、英語学習者(EL)に対する支援も重要課題であり、OCRは、母国語が英語でない保護者との適切なコミュニケーションを義務付ける公民権法の適用を強化している[149]

高等教育機関の説明責任と透明性の強化

高等教育分野では、特に職業教育課程(Gainful Employment, GE)の質と学生の負債の関係が大きな懸念事項となっている。教育省は、GE規則を強化し、卒業生の収入が学生ローンの返済額に対して持続可能であるかを評価する「収入テスト」を導入している[150]。この規則は、収入と負債の比率が基準を満たさないプログラムに対して、連邦学生援助の受給資格を失わせるという厳しい措置を含んでおり、営利目的大学への監督を強化するものである。また、認定制度の改革も進められており、教育省は認定機関の連邦認可プロセスを再交渉(negotiated rulemaking)を通じて見直し、よりデータ駆動型で透明性の高い制度の構築を目指している[103]

学生ローンの負担軽減と債務救済の課題

連邦学生ローンの総額が1.7兆ドルに達する中、学生ローンの負担軽減は社会的・経済的緊急課題となっている。教育省は、収入連動返済(IDR)計画、特にSAVEプランの導入を通じて、月々の返済額を所得に応じて抑える取り組みを進めている[68]。しかし、大規模な債務免除計画は法的・政治的障壁に直面している。2023年、最高裁判所はバイデン大統領の学生ローン免除計画を違憲として却下した[75]。これにより、教育省は、大規模な免除ではなく、IDRプランの利用促進や、特定の不当な勧誘を受けた学生に対する債務救済(Borrower Defense to Repayment)に重点を置く方向に転換せざるを得なかった。今後も、学生ローン問題は、教育省の政策と法的枠組みの限界を試す重要な課題であり続ける。

データ駆動型政策と説明責任の深化

教育省は、国家教育統計センター(NCES)や公民権データ収集(CRDC)を通じて、教育の現状を把握するための強力なデータ基盤を有している。今後の改革の展望には、これらのデータをより積極的に活用して、政策の効果を評価し、説明責任を高めることが含まれる。たとえば、大学の卒業率、卒業後の収入、学生の負債比率を公表するカレッジ・スコアカードは、学生が教育機関を選ぶ際の重要な情報源となっている[154]。教育省は、こうしたデータを基に、成果の低い教育プログラムの資金援助を制限するなど、データに基づく政策決定を推進している。このアプローチは、教育の「価値」を測定し、税金の有効活用を図る上で不可欠である。

参考文献